ポロニウム

 正直言って。 何も話したくない。 何もしたくないし、どこにも行きたくない。 だから黙っている。留まろうとする。

 時計の針がいつも同じ速度で廻るなら、僕はそれを耐えるだけだ。

 カーテンを締め切って、毛布に潜り込んで、時計の文字盤は虚ろだ。時間はただの数字になる。人生というもの、自分の存在、過去、未来、他者、すべて、記号になる。

 呼吸の数を数えることだけが、僕らの存在になる。

 正直言って、と僕たちは苦笑する。台所の緩んだ蛇口から水が滴る。アルミ缶が落ち、油の匂いが微かに空気に漂う。

 正直、言うべきじゃない。何も語るべきじゃない。黙っていたほうが良い。何も言うべきことなんか無いし、耳が傾けられることもない。ここには誰も居ない。壁の染みはいつも静かに待っている。解体されるときを。

 何もかもがただ待っているだけだ。終わりの時、ばらばらの原子に戻り、意味を失うときを。

 煙草に火をつけ、言葉の代わりに煙を吐き出す。吸い込む。何千もの化学物質が肺を満たす。天井へ上がる煙のゆらめきを見上げる。秩序が失われていく。

 終わりを待ってるだけだ、別にただそれだけで、何も言うべきことなんか無いんだ。そうだろう? 

 呼吸を数える。言葉を捨てる。

 長針がわずかに進む、心臓が動き続ける。生きている限り、停止が許されることはない。動き続け、止まるときが終わりだ。

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